Web制作やシステム開発の業界に長くいると、ときどき不思議に思うことがあります。
「そのサービス、本当に理解して売っていますか?」と聞きたくなる営業が、思っている以上に多いことです。
もちろん、営業担当者がエンジニアと同じレベルでコードを書ける必要はありません。デザイナーと同じようにUIを設計する必要もありません。ただ、少なくとも自社が何を売っていて、何ができて、何が難しくて、どこから先は別の費用や工数が発生するのか。その程度は理解していなければ、本来「提案」はできないはずです。
「できます!」のあとを制作側に丸投げする営業
Web制作やシステム開発では、完成した商品を棚から持ってきて売るわけではありません。顧客の要望を聞き、それを仕様に落とし込み、必要な工程や技術を整理して初めて価格が決まります。
ところが実際の商談では、「できます」「問題ありません」「それも対応できます」と先に話が進み、受注後になって制作側へ「お客さんがこう言っているのでお願いします」と渡されることがあります。
制作側からすると、そこで初めて問題が見えてきます。
その機能は標準機能ではできない。外部APIが必要。顧客側システムとの連携条件が分からない。データの持ち方を決めなければならない。そもそも見積に入っていない。
そして最後に出てくるのが、「でも営業時にできるって言ってしまっているので……」です。
これは営業と制作の連携不足という話だけではありません。商品知識が足りないまま売ることを許してしまっている、会社側の問題でもあります。
Web制作・システム開発は、実はかなり「商品知識」が必要な営業
Web制作なら、デザイン、CMS、SEO、アクセス解析、ドメイン、サーバー、セキュリティ、フォーム、外部サービス連携などがあります。
システム開発なら、画面だけではなく、データベース、権限、API、認証、決済、インフラ、バックアップ、運用、保守まで絡んできます。
ECであればさらに、商品マスタ、在庫、受注、決済、配送、会員、ポイント、クーポン、基幹システムや外部モール連携まで出てきます。
全部を専門家レベルで理解する必要はありません。ただし、「この話を聞いたら、次に何を確認しなければならないか」が分かる程度の知識は必要です。
例えば顧客から「会員によって価格を変えたい」と言われたとします。
商品知識が薄ければ、「できますよ」で終わります。
しかし実際には、会員ランクごとなのか、法人ごとなのか、商品単位なのか、掛率なのか固定価格なのか。ログイン前にも価格を見せるのか。既存会員情報と連携するのか。条件によって仕様も費用も大きく変わります。
本来の営業は、この曖昧な一言から必要な確認事項を掘り出す役割を持っているはずです。
営業トークだけで売ると、最後に困るのは誰か
一番困るのは、当然お客様です。
契約前には簡単にできるように聞いていたのに、途中から「追加費用です」「仕様上できません」「納期が延びます」と言われれば、不信感が出るのは当然です。
次に困るのが制作現場です。無理な約束を実現するために、本来予定していなかった作業を抱えることになります。利益も削られ、残業や調整作業が増え、現場の疲弊につながります。
そして結局、営業自身も困ります。クレーム対応や値引き交渉に追われるからです。
つまり、商品知識のない営業は「受注までは速い」ことがあっても、その後に会社全体で大きなコストを払っているケースがあります。
「技術は制作が分かっていればいい」は、もう通用しにくい
昔は、顧客と制作会社の間にかなり大きな情報格差がありました。
「SEO対策をします」「クラウド化します」「DXを進めます」と言われても、顧客側がその中身を調べるには、それなりの時間と知識が必要でした。
今は違います。
ChatGPTなどのAIに「この提案内容は一般的か」「この機能にはどんな確認事項が必要か」「この見積の考え方は妥当か」と聞けば、少なくとも比較するための材料はすぐに得られます。
つまり、「お客様が詳しくないから、それっぽい言葉で説明しておけば売れる」という営業手法は、これからどんどん成立しにくくなります。
AIによって最初に厳しくなるのは技術者ではなく、もしかすると「知識があるように見せるだけで価値を作ってきた仕事」なのかもしれません。
これから営業に必要なのは「売る力」より「翻訳する力」
私は、Web制作やシステム開発における営業の価値がなくなるとは思っていません。むしろ逆です。
技術が複雑になり、AIを含めた選択肢が増えるほど、顧客の要望を整理して最適な形に変換する人の価値は高くなります。
お客様は「API連携したい」と言いたいわけではありません。「今まで毎日Excelに転記している作業をなくしたい」と言っています。
「レスポンシブ対応してください」と言いたいわけではなく、「スマホで見たときに使いにくい状態を何とかしたい」と言っています。
営業の仕事は、その言葉を聞いて、背景にある業務や課題を理解し、制作側が判断できるところまで整理することです。
つまり、これから強いのは「話がうまい営業」だけではありません。
営業力 × 商品知識 × 業務理解 × 要件整理。
この組み合わせを持っている人です。
自社の商品を知らずに売る、という不思議
少し極端に言えば、料理を食べたことのない人が、その料理の味を説明して販売しているようなものです。
自動車なら性能を勉強する。保険なら商品内容を覚える。不動産なら物件や契約条件を調べる。それなのにIT業界では、専門用語をいくつか覚えただけで「技術的な話は制作に確認します」が常態化している会社もあります。
もちろん分からないことを専門家に確認するのは正しいことです。問題なのは、何を確認すべきかすら分からない状態で営業することです。
営業だから技術を知らなくていいのではなく、営業だからこそ、自社の商品について広く知っておく必要があります。
最後は、知識のある人が信用される
営業のテクニックは必要です。説明力も、人柄も、レスポンスの速さも大切です。
ただ、それだけで数百万円、数千万円のWeb制作やシステム開発を売る時代は、少しずつ終わっていくと思います。
分からないことを誤魔化さない。できないことはできないと言う。分からなければ持ち帰って調べる。そして次に同じ話が出たときには、自分の知識として説明できるようにする。
結局、これを積み重ねるしかありません。
AIが知識を簡単に補助してくれる時代だからこそ、「知らないこと」そのものは以前ほど問題ではなくなりました。
問題なのは、知ろうとしないことです。
営業トークだけで売る人より、商品を理解し、顧客の業務を理解し、制作側とも同じテーブルで話せる人。
Web制作やシステム開発の営業は、これからますますその差がはっきり出る仕事になるのではないでしょうか。



